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夏炉冬扇抄

慈恵院の僧侶が、日々を綴ります
夏炉冬扇抄

「書くことがございません」

あっという間の春が過ぎ去り、はっきりと夏の足音がしてきましたが、皆さまどうお過ごしでしょうか。

季節の変わり目はなにかと体に負担がかかりますので、より一層のご自愛をしていただければと存じます。

さてさて、今回は何を書かせていただこうかと考えておりますが、はて、まったく思いつかない。どうにもこうにも伽藍洞の頭の中からは、小一時間程筆をとってみても何もでてきません。

そこで苦し紛れに、この「書くことができない私」について考えてみたいと思います。

まず、『私』とは視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、のいわゆる五感をつかって、外界を認識しています。我々はこの五感を用いて、日々の雑事や心躍る出来事などを体感しているわけですが、仏語では五感に代わる言葉で六窓というものがあります。内容は概ね五感と変わりませんが、違う点は意識が感覚に含まれていることです。先ほどの言い方をするならば、『私』とは眼窓、耳窓、鼻窓、舌窓、身窓、意窓の六窓をつかって、外界を認識している、となるでしょう。

 『私』は意識を通して、外の世界を体験している。意識というレンズを通してものをみているわけです。もし意識の窓に怒りがついていれば世界は怒りの世界に、悲しみがついていれば悲しい世界に『私』には見えてしまう。

日々の生活の中でこの窓をピカピカに磨いていけたら結構でございますが、なかなかそうはいかない結果が、この「書くことができない私」なのかもしれません。

慈恵院僧侶・杉山 


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