「思いがけない訪問者」
数年前の今頃、関係寺院の坐禅会をお手伝いしていたときのことです。
坐禅会では一炷(40分)を二炷坐ります。参加されている方々は、20年30年と長く続けておられる古参の方ばかり。私はその静寂の中で、共に坐しておりました。
ところが
堂内に「ガリガリ、ガツガツ」と、押し入れの奥からけたたましい音が響き渡ったのです。静まり返った空気の中、今にも飛び上がりそうになりました。しかし不思議なことに、周囲の参加者もご住職も、誰ひとりとして動じる様子がありません。私も震える心を抑え、ただ坐り続けました。
やがて音の主が姿を現しました。しっぽのある影が押し入れから出てきて、ゆっくりと坐っている方々の後ろを通り過ぎていきます。犬でも猫でもない、たぬきのようなその生き物。堂内を一周すると、窓際に飛び乗り、次の瞬間「バサッ」という音とともに飛び立ちました。
そう、それは「ムササビ」だったのです。
私は生まれて初めてその姿を目にし、大いに驚かされました。後で伺うと、ムササビはめったに人前に現れない生き物だそうです。
本来、野生の動物は人間の気配を避けるものです。それが十名近い人が坐している場所へ迷い出てきたのは、もしかすると坐禅によって場が清められ、自然と一体となった静けさがそこにあったからではないでしょうか。
この出来事は、私にとって忘れがたい貴重な体験となりました。
日常生活の中で同じ様なことはなかなか起きないかもしれませが、日々の忙しさの中で少し立ち止まり、心を調える時間を持つことはできます。
静けさの中に身を置き、自然と一体となる感覚を味わってみてはいかがでしょうか。
きっとそこには、新たな気づきがあるはずです。
慈恵院僧侶 板東
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